サブカル国道二号線

ー Subculture National Highway Route 2 ー

新型コロナに対する究極の治療法『ECMO(人工心肺)』について現役臨床工学技士がリスクを中心に解説します。

Sponsored Link

私の仕事は臨床工学技士です。人工心肺を扱う職種として、現場での経験を交えながら治療法の負の側面を中心に『人工心肺』について語りたいと思います。

 

   

新型コロナウィルスが蔓延し、最近度々テレビなどのメディアで『人工心肺』という文字を目にするようになりました。志村けんさんが人工心肺を導入したという一報で『人工心肺』って何・・?と思った方も多いはず。そして人工心肺を管理する臨床工学技士という職種の名前もちらほら出てきています。

 

私は臨床工学技士でありECMO(人工心肺)の導入や管理にも携わっています。今回、巷で話題になっている『人工心肺』について簡単ではありますが解説していきます。普通に解説するつもりはありません。

 

メディアで取り扱っている『人工心肺』の紹介は、「切り札」や「究極の治療法」といった扱い方で良い面ばかりをフォーカスしている気がします。私は現場で培った経験から人工心肺を導入するうえで知っていてほしいリスクを中心に述べたいと思います。

 

今のままでは、人工心肺を導入すれば新型コロナが重症化しても絶対に助かると誤解される方々も多いと思うので・・。

 

臨床工学技士とは・・?

本題の前に・・ちょっと前置き。

人工心肺と共に最近脚光を浴びている臨床工学技士についてご紹介。

 

 

生命維持管理装置を用いて『人の代謝、循環、呼吸の一部を代替し補助』する。医学と工学を組み合わせた唯一の医療職です。

 

病院内にいる整備士と言えばわかりやすいかもしれません。特徴的なのは医療機器を整備する裏方的な活躍から、複雑化する高度医療機器の操作もする幅広い仕事です。従事する領域も幅広く、心臓カテーテル、手術室、血液浄化、人工呼吸、ペースメーカ、内視鏡など多岐にわたります。私は血液浄化と不整脈治療・ペースメーカ、集中治療室を専門にし日々働いております。

 

現在、その数はおよそ2万5000人程度。ほとんどが人工透析を行うクリニックで働いていますが、大学病院や中規模病院で働く臨床工学技士(CE)は今回のテーマに据えた『人工心肺』に携わります。ちなみに、看護師の数が100万人を超えていますから比較するとCEはいかに少ないかが分かりますね(笑)

 

いまだにCEが1人もいない病院も存在します。

 

www.ja-ces.or.jp

 

ECMO(人工心肺)とは・・?

さて、本題。

 

新型コロナウィルス(COVID-19)の蔓延によって脚光を浴びる事となったECMO(人工心肺)について。(新型コロナについてや、予防のやり方、外出することの是非などについては私は感染症の専門家ではないのでここでは割愛します)

 

人工心肺について説明する前に、まずはヒトの呼吸についておさらい。

 

人の呼吸・壱ノ型『酸素化』

空気中から酸素を取り込んで肺で二酸化炭素と交換する・・小学校の理科で習った内容そのものです。

 

呼吸で酸素を取り込み、その酸素を動脈が体中へ循環させる。肺(呼吸)の機能と心臓(循環)の機能、2つが合わさって初めて体に酸素が行き渡るのです。

 

肺炎と呼吸補助

肺炎自体は高齢者に多く、日本人の死因ベスト5に毎回入ってくる死亡率の高い病気です。誤嚥や流行中の新型コロナの重症化によって肺炎になってしまうと当然肺の機能が落ちてきます。酸素療法を導入し酸素化の補助を行っても、酸素化が十分できなくなれば人工呼吸器を装着する事に・・。

 

新型コロナの恐ろしい所は、この急性増悪が異常に速いことです。ただの熱発からあっという間に酸素化が悪化し、挿管されて人工呼吸器に呼吸機能を補助してもらわなければなならない事態になります。

 

(余談ですが、コロナの流行で脚光を浴びたパルスオキシメータ。体内の酸素化を非侵襲的に反映できる画期的な機器なのですが、開発したのは日本人です!)

 

 

ECMO(人工心肺)の導入 

肺が悪いから人工呼吸器をつける・・。しかし人工呼吸器の補助はあくまで患者自身の肺がある程度機能していないと成り立ちません。

 

人工呼吸とは高濃度の酸素を機械的に送気し患者の肺を膨らませ酸素化を促すもの。肺炎が進行しすぎると、肺から血管へ酸素を渡す事ができなくなります。

 

人工呼吸でも酸素化が保てないほど重症化した段階で、ECMO(人工心肺)の導入が選択肢として挙がってきます。ちなみに10年ほど前に流行った新型インフルエンザの時もECMOは脚光を浴びていました。

 

『肺→血管→心臓→全身』

 

という酸素の流れを人工心肺を使えば

 

『人工心肺→全身』

 

と経路を簡略化でき、かつ即時的に高濃度の酸素が溶け込んだ血液を送ることが可能です。

 

期待したい効果はレストラング(肺の休息)

 

ECMOを使用している間に肺を完全に休め、肺炎の治療をし回復を図るというのが肺炎に対して人工心肺を導入する目的です。

 

 

人工心肺の目的は、

・心臓(循環)機能の代行

・肺(呼吸)機能の代行

 

これも余談ですが、世界的には経皮的人工心肺装置をECMOという名称で呼んでいますが、日本は循環補助の場合をPCPS呼吸補助の場合をECMOと使い分けてます。

 

使う装置や回路は同じですが、PCPSとECMOでは目的が違います。この違いについては今回は省きます。

 

ECMOの構成ですが、大腿静脈にカニューレを刺し血液を脱血、人工肺にて酸素を付加し遠心ポンプを使って血液を体へ返していきます。返す先は施設によってやり方は様々ですが、首の静脈もしくは大腿静脈となります。

 

酸素化が間に合っていない血液を導いて、酸素を溶け込ませ戻すという・・字に起こせば単純な装置ですが、見た目はごっついです・・

f:id:marureze:20200330210154j:plain

当院で使用している人工心肺装置

 

ECMO(人工心肺)のリスク

ECMOは導入が慣れている施設では、迅速に治療へ移行ができます。あまり聞き馴染みのない機械であるため、医師から提示されれば家族はすぐに導入を決断するでしょう。

 

メディアで、コロナへの切り札としてECMOを取り上げている今ならなおさら・・

 

しかし、ECMOは切り札なんかではなく諸刃の剣であります。家族や友人が人工心肺の導入をする立場になった時に、正しい決断が出来るよう、そのリスクを全て知った上で決断できるように、リスクを提示していきます。

 

出血

血液は異物に触れると固まる性質を持ちます。ECMOを導入すれば人工心肺回路という異物に触れ続ける事になります。血液凝固を防ぐ薬物を投与しなければ回路や人工肺が固まり満足な酸素化が実現できません・・。

 

そのため、回路が固まらないように抗凝固剤を投与しながらECMOを使用します。しかし、血液が固まらないように全身管理されるため、出血点があれば血が漏れ続ける事に・・。ECMO導入時に血管を傷つけていれば腹腔内出血を起こしたり刺入部から流血したり・・。元々出血点があったり、心肺蘇生時にろっ骨などを傷つけていればそこから出血・・。リスクを承知で抗凝固剤を使用しているのが現状です・・。

 

むくみ

患者家族にとってはこれが一番つらいのではないかと実臨床で遭遇するたびに感じます。肺炎とは肺が炎症を起こしている状態。炎症が起きている血管からは水分が抜けやすく組織中に分散してしまいます。

 

また、ECMO管理になると鎮静をかけられ意識の無い状態になりますから栄養は輸液となります。低栄養が続けば血管に水分を留める力が無くなってしまうため、血管内は脱水状態で周りの組織は水分過剰になり、いわゆる浮腫(むくみ)んだ状態に。

 

顔や腕などがむくむくになり進行すれば人相が変わってしまうぐらいの見た目になります。

 

これの厄介な所は、組織は浮腫なのに血管内は脱水状態のため血液がうまく回らずECMOでの循環維持がこんなんになるんですよね・・。

 

ECMOを回すために輸血や輸液をする→入れても組織へ水分が抜ける→血管内は脱水状態→ECMOが回せない・・という負のループが存在するのです。

 

他の臓器障害

肺炎の重症化例では他の臓器も炎症を引き起こしている可能性が高いです。腎臓や肝臓に持病を持っていれば余力がない分それらの臓器も障害が引き起こされます。

 

肝臓が悪ければ肝不全に発展し、腎臓が悪ければ腎不全に発展する。肝不全に対しては血漿交換療法を、腎不全に対しては人工透析を併用する事がしばしばあります。

 

   

 

新型コロナへの人工心肺の成績

今現在(3/30)、日本での新型コロナ重症例への人工心肺導入件数は30件余り。その内、離脱できたのは約半数と言われています・・。

 

現在新型コロナ肺炎に対するECMO導入件数は75件、25人が回復、11人が死亡、39人がECMO治療継続中。(4/14 追記)

 

日本の医療技術をもってしても、切り札と言われているECMOを駆使してもこの成績・・。いかに肺炎が厄介であるかが分かる数字です。

 

私が働く病院でも新型コロナ患者に対して人工心肺を使用しました。その転帰については守秘義務があるので明かせませんが・・。

 

 

アメリカではトランプ大統領が人工呼吸器の増産を命令しています。それぐらいに機械の台数が足りていないのが今の現状。日本臨床工学技士会の統計では2月現在で日本の病院にある人工呼吸器は22254台(うち使用は8817例)。もちろんコロナ以外の使用例も含まれていますし、これから感染拡大すればもっと需要が高まりますから10000台を超える予備が多いか少ないかは判断できかねます・・。

 

人工心肺装置は1412台(うち使用は117例)。ロックダウンするほどに蔓延すればこちらの装置も需要が高まりますね・・。

 

さいごに・・

人工心肺についてリスクを中心に解説しました。人工心肺を扱う臨床工学技士についても触れましたが、CEについてもECMOについてももう少し詳しく知りたい方がいましたら『お問い合わせフォーム』から連絡をください。私で答えられることでしたら解答させていただきます。

 

新型コロナが蔓延している現在、家族や友人など身近な人が感染することも有り得る。そうなれば人工心肺を使う場面になる可能性もあります。ECMOについてのリスクを知っておくことで、この治療はどういう可能性をもたらすのかの予測と心の準備が出来ますからね。

 

志村けんさんの訃報によって、人工心肺を使えば必ず助かるという世間のイメージは崩れ、大きな衝撃を与えたと思います。

 

人工心肺は決して切り札ではなく諸刃の剣であるという事を知ってほしくて記事にしました。

 

 

【命について本気出して考えてみた記事】

www.marureze.com

 

【放射線技師すごい!ってなった記事】 

www.marureze.com